目の前を遮られる。声を上げようと息を吸った美鶴の、押さえ込まれたくぐもった声。その身体に圧し掛かるような人影に、無意識に反応した。
ドウッ ――――!
遠慮なく振り上げた左足が相手の腹に食い込み、影は呆気なくアスファルトを転がる。
相手を見極めようと目を細めると、背後からうめき声。
「美鶴っ?」
振り返るのと同時に、人影が飛び上がる。
来るっ!
だが相手は、身構えた聡へクルリと背を向け、そのまま一目散に走り出した。
追うかっ?
踏み出すと同時に、背後で影がもそりと動く。
一瞬思案し、やがて踏み出した一歩を引っ込めた。そうして、今だ膝をついたままの美鶴の元へ近寄る。
「大丈夫か?」
「…………うん」
気まずそうに俯いたまま、短く答える。
常から、襲われるなんてことはない、送ってもらう必要はないと冷たく言い放っていただけに、今の出来事はどうにもバツが悪いようだ。軽く両肩に添えられた聡の手を、居心地悪そうに一瞥する。
やれやれ
襲われた恐怖よりも、聡に助けられた事実に憤慨する美鶴に心内でため息をつきながら、逃げた犯人の影を追う。
誰だ?
目深に被った帽子にサングラスにマスク…… 犯行を計画していたとも思える。
だが、ただの変質者とも考えられなくはない。今の世の中、ワケのわからん輩は多い。
聡に吹っ飛ばされて呆気なく逃げ出したところを見ると、別に美鶴が目的ではなかったのだろうか………
だったら、俺の横で襲うなよな
あんな軟弱な変態に甘く見られたのかと思うと、それこそ憤慨したくもなる。
ようやく立ち上がった美鶴の肩から手を離し、振り上げた左足のズボンの裾を直そうと少し腰を屈めた。
…………?
それは小さな、雨上がりの夕影では見落としてしまうかもしれないモノ。
だが、目を凝らし、手を伸ばして拾い上げる。そうして、絶句する。
―――――っ!
「ったく」
スカートの裾をポンポンと払いながら悪態をつく美鶴の声に、聡の手は無意識のまま動く。スルリとズボンのポケットへ―――
「誰よっ?」
「知らねっ」
「顔見なかった?」
「………いや」
「どういうつもりっ こんなっ………」
元気を取り戻してきた美鶴と視線を合わさないまま、聡はさりげなく頭を掻いた。
「逃げ足の速さから言って、大したヤツじゃねーよ。まぁ、出来心に勝てなかった小心者だな」
そうして腰に手を当て、ニヤリと笑って見下ろした。
「なっ 俺がいてよかっただろ?」
その視線に、美鶴は憮然と口を尖らせた。
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